2009年5月18日月曜日

水族生化学特論Q&A 090512

Rag1遺伝子は哺乳類にもある?
あります。抗体を産生する獲得免疫を備えた動物は必然的にRag1遺伝子をもっています。

Rag1遺伝子はゼブラフィッシュ以外の魚種にも存在するはずだが、なぜRag1欠損系統がゼブラフィッシュ以外では確立されていないのか?

技術的な問題でしょう。小型で沢山(1万種類以上)のmutantを維持するには、ゼブラフィッシュやメダカのような世代時間の短い小型魚が現実的でした。

Rag1欠損ゼブラフィッシュが哺乳類とは異なって正常に発育できる理由が興味深い。
哺乳類(たとえばマウス)でもRag1 mutantは作成されており、清潔な環境では正常に育つが、感染試験では非常に弱いそうです。これがゼブラフィッシュの場合は、マウスの場合よりももっと微生物感染のチャンスが多い環境でもOKであるということ。理由はまだまだ解明されていないけれども、とても興味深い研究対象です。

免疫学の実験で(たとえばRag1欠損の研究)なぜゼブラフィッシュが用いられたのか?
限られたインフラ(例えば小さな水槽)で飼育が容易。ゲノム情報や遺伝子地図がよく整備されている。個体発生のデータが蓄積されている、などなどの積み重ねでしょう。でも順遺伝学や逆遺伝学の材料としては有用でも、ゼブラフィッシュを使って生化学や細胞生物学的な実験を行うのは困難です(臓器や細胞を十分量得ることが困難)。用途に応じて最適な実験動物を活用することが必要です。

抗体H鎖の多様性が生まれるメカニズムがよく分からなかった。
別の授業で後日紹介する機会があると思いますが、簡潔にまとまっているサイトがあります。
http://rikanet2.jst.go.jp/contents/cp0040d/contents/500k/106-110.html

日本脳炎やインフルエンザなど、病原体によってワクチンの効き(免疫記憶の保持時間)に差が出るのはどのようなメカニズムによるか?

全てが明らかになっているわけではありませんが、次のような要因が考えられます。
・感染ルート:ワクチンの接種部位と病原体の実際の感染ルートが大きく異なると、実際の感染門戸での防御能が十分に上がらない、記憶が長く続かないことがある。
・抗原性の強さ:病原体の構造によってはあまり強く免疫系が刺激されずに、十分な免疫反応を引き起こさない。
・病原体の変異の速さ:ウイルスや原虫の中には、自らの表面構造を変化させるものがある。すると、一旦成立した免疫が無効となるか、極めて弱くしか反応できなくなる。

免疫記憶の具体的なメカニズム
1種の抗原レセプター(抗体かT細胞受容体)は1クローンのリンパ球が発現します。ある抗原に反応(結合)できる抗原レセプターを発現するリンパ球が少数ながら体内に長期間生残している状態が、免疫記憶です。2回目にその抗原に出会うと、素早くそのクローンが増殖できる状態です。

ヒト化抗体をゼブラフィッシュで作る試みはあるか?
今のところありません。ヒトに近い動物の細胞で作らせるのが現実的でしょう。

VDJ領域のランダムな選択が、どんな指令によって起こり、どのように、抗原に特異的な選択が行われるのか?
VDJ領域の遺伝子変換は、B細胞やT細胞がそれらの幹細胞から分化する段階で起こります。宿主にとって都合の悪い結果となった変換を起こした細胞は脾臓や胸腺でアポトーシスによって除去され、残りがレパートリーとして体内にストックされ、抗原の刺激に応じて、たまたま適合する抗原受容体を発現する細胞クローンが増殖します。この増殖は、多くのサイトカインや抗原提示分子によってコントロールされています。

獲得免疫による自然免疫のさらなる活性化とはどのようなメカニズムか?
もともと自然免疫の病原体除去機構である、補体や食細胞が、抗体を認識する分子を備え、抗体が結合した異物を抗体を介して容易に認識できるようになる。さらにそれらの活性化がより協力に起きるようになります。

哺乳類が獲得免疫を発達させたのとは逆に自然免疫の機能を衰えさせたのか?もしそうならばそのメリットは?
すごくスルドイ質問です。自然免疫を衰えさせた、ということはないかもしれませんが、結果的に自らの生体防御が獲得免疫に依存する度合いが高くなっていると言えるでしょう。

脊索動物の系統樹でゼブラフィッシュだけが分岐していたのはなぜか?
特に大きな意味はなくて、魚類以外の脊椎動物(四肢動物=両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)の分岐を省いて書いてあるだけです。それでも、硬骨魚類は脊椎動物の中でも特に特殊化・多様化したグループであることは確かなようで、硬骨魚類よりも軟骨魚類(サメ・エイ)の方が、四肢動物に近い遺伝子構造・配置を保持しています。

「免疫(力)が落ちた」とはどのような意味か?
マクロなレベルでは、感染防御の能力が下がっている状態。では具体的に何が下がっているのかはケースバイケース。食細胞の活性、NK細胞(ガン細胞をよく殺せる)の活性、補体の活性、抗体の濃度などなど。


Rag1欠損ゼブラフィッシュの作成した論文のインパクトはどのような点にあったのか?
1つめに、魚類ではES細胞(胚性の幹細胞)が樹立されていないので、いわゆるノックアウト動物を作ることができないが、この論文にある方法を使えば、ノックアウト動物を探し出す(スクリーニングする)ことが可能である、ということ。2つめは、魚類では特に獲得免疫欠損状態でも正常に育つ能力が高いようだ、ということが示唆されたこと。

インフルエンザワクチンを毎年接種すべき(しないと有効でない)理由?
現状のインフルエンザワクチンの注射では、鼻や喉の粘膜における免疫が成立しにくいので、防御能があまり高くならないことが一つの原因であるようです。また、生ワクチンでなく不活化ワクチンであるために、抗原構造に何らかの変化が生じており、免疫系を刺激して強い免疫記憶を残す能力が高くないとも言われています。
参照:「インフルエンザワクチンについて(国立感染症研究所)」
http://www.nih.go.jp/niid/topics/influenza01.html

進化の過程で、獲得免疫が出現したのはどの段階か?
哺乳類などの高等動物と相同な獲得免疫は軟骨魚類・硬骨魚類以上の顎のある脊椎動物に認められています。その進化の道筋については、「8倍体説」としてこの授業で触れる予定です。

哺乳類などの高等動物において獲得免疫の重要性がたかい(依存度が高い)ことを示す例は、ヌードマウス以外にもあるか
人間がHIVに感染してヘルパーT細胞が減少すると獲得免疫の応答能が低下します。この状態では、通常獲得免疫があれば排除できるような非病原性の微生物の排除ができなくなって、感染症になります(日和見感染)。

毎年インフルエンザに怯える生活が(状態が)終わって欲しい。
怯えてますか? 私はあまり怯えてはいません(普通の季節型に対しては)。もしインフルエンザに罹ったら何日か寝込むでしょうが、重篤なことになるリスクが高い年齢や身体状態ではないので、寝込めば治るんだろうと楽観的です。受験生とかはそうも行かないのでしょうが。私はインフルエンザに関してはワクチンの効果というか接種する意義に対して懐疑的なのと、一度接種したときに気分が悪くなったので、副作用のリスクを考えて接種していません。実はワクチンも打ってません。タミフルのインフルエンザに対する効果についても、特効薬として期待する(安易に飲む)ことしたくないと感じています。個人的には、1,2日寝込む期間が短くなるだけにしては副作用の方が心配です。

獲得免疫が遺伝子に組み込まれて自然免疫になることもあるか?
おもしろい考え方だと思いますが、その例は報告されてないと思います。

Rag1の作用とは、特定の遺伝子(あるいは配列)に特異的なのか? いわゆる変異原性を示すのか?
Rag1は特定の分化段階のリンパ球でのみ発現し、それは、抗体やT細胞受容体の遺伝子に存在する特有の配列(recombination signal sequences)に結合できるので、これらの遺伝子に特異的に組換えを起こします。塩基を修飾して突然変異を誘発するような、変異原性はありません。

(抗体の抗原結合部位の多様性を増加させる)点突然変異がS領域で生じるとクラススイッチが起こるのか?クラススイッチはどのような物質で誘導されるのか?
VDJの遺伝子再構築と抗体のクラススイッチのメカニズムは全く異なります。クラススイッチに必要な遺伝子再構築(組換え)にはRag1ではなくAIDという名の酵素が関わります。
紹介はこちら(クラススイッチ機構を解明した本庶 佑先生のエッセイ):
http://www2.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/J_Essay.htm

遺伝子組換え(再構成)で抗原への結合多様性を創造する、獲得免疫の、組み替える配列の材料は何処にあるのか?組換え後にはそれら材料となった配列はどこに位置するのか
Germ lineのゲノムDNAには、V遺伝子断片が約200コピー、D遺伝子断片が約20コピー、J遺伝子断片が6コピーあります。これらが材料。このうちの各1コピーずつが使用されますが、単純に言えば、組換え後は、それ以外の部分は切り取られてゲノムから消失します。

ゼブラフィッシュってどんな魚?
インド原産といわれる、コイ目、コイ科に属する熱帯魚(学名Danio rerio
http://ja.wikipedia.org/wiki/ゼブラフィッシュ
生物学としてのゼブラフィッシュ情報はこちら
http://zfin.org/cgi-bin/webdriver?MIval=aa-ZDB_home.apg
熱帯魚屋さんでの通称名は「ゼブラダニオ」@100円程度
水槽の中をしょっちゅう泳ぎ回って休まないので、せわしなく感じる。見たい人は水族生化学にお越し下さい。

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